「マチネの終わりに」がかなりよかった


「マチネ」というのは音楽会や演劇での昼公演のこと。特にミュージカルの公演でよく使われる。ちなみに夜公演を「ソワレ」という。

 

出会って惹かれあってすれ違うといういたって普通な話かもしれませんが、これは何だか分からないけど素晴らしく良かった。私は多分、切ない話が好きなんだと思います。

年をとってくると、なかなか単純に人に惹かれるということが難しくなってきて、もし純粋に惹かれてしまったとすると、深さは若い頃より増しているものかもしれません。

40才前後で充実した人生を送っている二人が主人公となる恋愛小説ですが、読むと自分までもが知識も才能も有る彼らの仲間に入ったかのような良い気分にさせられてしまいます。

 

途中までのあらすじです。

主人公は蒔野という天才ギタリストと海外の通信社に勤務するジャーナリストの小峰洋子。蒔野のコンサートを観賞に訪れた洋子が、友人の紹介でコンサートの打ち上げに参加するのが出会い。

蒔野としては自分が深く感銘を受け、挿入歌もギターで演奏するような思い入れのある映画を作った監督の娘、洋子にとっては若い頃に生でギターを聴いて以来ずっと心の中にあった芸術家の一人であり、互いにそういうバックボーンを持ってはいたのだが、それにも増して会話の楽しさや、人にはあまり理解してもらえない自分の感覚をすっと共有できたことなどで強烈に惹かれあってしまった。その打ち上げで会話した数時間が互いの人生に深く影響を及ぼすような出会いとなる。

途中、ふとした邪魔が入りすれ違いを見せる。ひと言確認すれば…というようなことですれ違ってしまうというのは洋子の相手を慮って自分を律する性格もあるし、まだ二人の関係性ができていなかったのだからタイミング的にそういう運命だったのかもしれない。洋子は自分が望んだイラク取材でPTSDになっていたこともあり、もう一度蒔野と対峙する気力が持てなかったこともすれ違った要因だ。

その後、互いのことを想いながらも時は流れて二人の人生は進み、それぞれにまた抱えるものが増えていく。

 

人はいくら恵まれた生活をしていても、どうしても自分の心というものを騙せないですよね。なかなか誰かを好きという気持ちには抗えない。

頑張って相手に気持ちを伝えて拒絶されたなら忘れる他はありませんが、この話のように、互いに少なくない好意を寄せていたのに、すれ違ったまま相手の真意も分からずに離れるというのは苦しい。

そして誰もが後戻りができないような状況になったとき、互いの誤解が解かれてしまったら、その時、どういう行動をとるのが人としては正解なのだろう。人間の愛に“正しい愛”と“正しくない愛”があると考えることができるのか、というのは一つのテーマだと作者もインタビューで語っています。

恋愛小説というのはあまり読んでこなかったけれど、こういうものであればまた読んでみたいですね。

 

本の頭の方ですが、「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えているんです。」という部分が素敵でした。記憶は意外と曖昧なもので、その後の出来事により、上書きされるように変化していくものだと。

実際の出来事や自分の認識によっては、過去に起こったことの意味を付け替えているのです。後悔したことも、もしかしたら未来の何かによっては、この素晴らしい出来事の布石だったのかと捉えられるようになる。

 

早期リタイア関連で一つ挙げると、小説中に「ヴェニスに死す症候群」という言葉が出てきます。それは『中年になって、突然、現実社会への適応に嫌気が差して、本来の自分へと立ち返るべく、破滅的な行動に出ること』とあります。資金不足の部分が破滅的ですが、早期退職とか、今やってるとこですw

 

著者は平野啓一郎といってこの前書いた「分人」の人。「空白を満たしなさい」という本を前から読みたいリストに入れていたのだけどまだ未読です。それがこの作家の本だったのですが、チェックしたものと違う作品を先に読んだり、そういう風に繋がっていくのが楽しい。

好奇心や勉強のために読む本も良いけど、やっぱり感情を動かされつつ物語を読むことも読書の醍醐味といえますね。誰しも過去のことなど思うことはあるはずですし、恋愛に浸るだけでもお勧めしたい本です。

私はタイミング良く読み放題で読めたんですけど、今はUnlimited本から外れてしまっているようで残念。

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