自分の元から失踪した女性を見かけたという話を聞き探し始めるのだが、すぐに奇妙な二つの団体に巻き込まれ…という発端。
一つは自然発生的に集まった集団で特に宗教とも名乗っていない。もう一つはカルト的ではあるが教祖のカリスマ性と男女の性でまとまっており、でも特に悪い事をする集団ではなかった。
この本は登場人物が語る話が面白い。松尾という老人の「教祖の奇妙な話」というのが出て来ますが、それが特に興味深いです。
先ずは「脳と意識」の関係。ちょっと前に「意識する前に脳が命令を出している。実は意識は脳の命令を遅れて辿っているにすぎない」というのを読んでいてタイムリー。
実は自分の意識が命令を出しているのではなくて、脳の決定を意識が観測しているだけなのではないか?という疑問。
次いで宇宙の話。インド最古の宗教聖典「リグ・ヴェーダ」は、紀元前千二百年から千年前のものにかかわらず、既に最新の物理に書かれている様な宇宙の成り立ちが書かれている等。
物質である原子たちが、「意識」を作り出したのは偶然なのか?みたいな話になる。我々の体を形作る素粒子は入れ替わっているのに、私と認識できる「意識」が引き継がれていくのは何故?というような。
それを読むだけでも良いくらい。
特に松尾の最後の言葉がよかったです。
生き物はこの世に生まれて無に帰っていく。その間楽しめば、自分の物語を作り出せばいいだけなのに、彼はそれを邪魔しようとするような、個人が自由に生きられなくなるような世の中の気配を憂えています。
二つの集団の成り立ちについてちょっとネタバレを書くと、松尾は戦争体験から善なる人間の恐ろしい部分を知り深く考察するようになる。そして「宇宙や人間とは」という話をしているうちに人が集まってきたという経緯。
もう一方のカルト的な方の教祖沢渡ですが、医師としてマレーシア南部で働くうちに、患者を救う善と、患者の命を自分がどうにでもできるという悪い万能感の狭間に恍惚を感じてしまう。そして実際に行動も起こす。もし神がいるなら自分をどう罰するかという興味から教団を作っています。
でもカルトな方の教祖沢渡の過去ってエグいのでそこまで必要かな。人間の二面性として善と悪を同時に持っているみたいな事だと思いますが、資産があるサイコパスな気がするから一般人とかけ離れてしまっているし。
中盤で、主要な登場人物である高原という男の理想を関係者に語らす場面があります。実は教祖(というか松尾)の最後の言葉と、その高原の理想こそが伝えたかったことなのではないかという気がします。高原は子どもの頃に飢えて死にそうになったことがあり、現状でも飢餓は無くせるはずという理想なのですが。
その「高原の手記」も読み応えありました。NGOで働いたアフリカで拉致されて職業テロに関わった話。
命が危険な究極の状態に陥ったとき、人として信念を貫ける人はどれだけいるのだろうか。人も単なる生物であるし。
「悪はどこにあって、誰が引き受け、どうやったら終わるのだろうか」
人は一人だと概ね優しいが、集団になると酷いことができる。人類が発展したのは協力することを覚えたためでもありますが、悪い方向に協力した人ばかりが勝ち残ってしまいそうなのが人類の未来への懸念だよね。
あとがきに、
「世界と人間を全体から捉えようとしながら、個々の人間の心理の奥の奥まで書こうとする小説」
と著者が述べてあり、そう感じます。
この本には「物理、宗教、戦争、貧困、政治、テロ」、あれこれ詰め込んであります。それを用いて人間や世の中について説明し、登場人物にそれぞれ思いを語らせるという感じ。
今回出てくるカルト宗教チックな団体は、多くの人は支配されることを欲しているというのを表していると思う。自分で考えずに大きいものに従って大過なければそれが楽なのだし。しかもその状態に酔って気持ちよくなってしまうという。
豊かに暮らせるのは別の場所で貧困を作っているからで、貧困も戦争もコントロールされる。与えられたものを鵜呑みにするのではなく、自分で調べて自分で考える必要があるというメッセージは感じました。
理想論だけど、理想を捨てれば人類は後退してしまうと。そういうのに結びつけなくてもいいのかもしれませんが。
全体的にハッピーな内容ではありませんが、最後の最後は希望が見えるような終わり方で救われます。
宇宙の広さや素粒子という微小な部分までを意識させながら、人間の素晴らしい部分とどうしようもない部分を見せる。Amazonを見ると酷な評も多かったけど自分はエンタメとしても面白く読めたけどな。ジャンルとしては何になるのかわかりませんが。
この小説で一つ覚えたことw
拉致されて連れて行かれるとき、布を頭に被せられても諦めてはいけない。それは見られたくない場所に連れて行くからであり、ということは帰す意志があるのかもしれない。(殺すつもりなら場所を知られても関係ない)
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